議員定数調査特別委員会での参考人意見陳述(1999年1月14日)
私は稲城市内の助成団体としては一番大きい新日本婦人の会の会員です。東長沼に在住しております楠原善子と申します。
私が今回の稲城市議会議員の定数削減に反対する立場で意見陳述させていただきます。
昨年12月に稲政会、市民クラブ、第二市民クラブ、公明党の議員の連名で、議員定数を現在の24名から22名に減らすという条例案が突然提案されました。市民の声と多様な意思の議会の反映を狭め、行政への監視機能を低下させるこの案には絶対反対です。以前は、市民が提出する請願や陳情の締め切りは、議会開催当日の午前9時まで受け付けていたのが、現在8日前までになっています。にもかかわらず、議員提出議案については、議会初日の議会運営委員会までに提出すれば審議するということです。これ自体、どう考えても不公平ではないでしょうか。まして、今回のように市民にとって重要な内容が市民の請願・陳情が締め切られた後で、市民の意思表示ができない期間に出されたとなれば、なおさら問題だと思います。
今回の議員定数削減をめぐる議会の動きが目的のためにはみずから議会運営のルールをねじ曲げて、市民が知らない間に決めてしまうという市民不在の非民主的なやり方で、この様子を知った市民は本当に怒っています。
議員定数の問題は、市民が市政に参加する上で非常に大切な問題です。広く市民に問題提起をして、さまざまな場は多くの時間をかけて最善のものを決めていくべきではないでしょうか。そういう事柄のものだと思います。市民からの反対の声に、12月議会では継続審議となったものの、本日の参考人意見陳述、そして18日の条例案、請願の審議、そして臨時の議会を28日と決めて、立て続けに終わらせてしまうという強引さにも私はとても納得がいきません。
前々回、議員定数削減が出されたときには、約2年間にわたり議論され、廃案となりました。私は、稲城市議会の議員定数問題はこの時点で決着がついているものと思っております。また、前回の4年前のときには、目前にいっせい地方選挙を控え、立候補予定者への事前説明会も終わっていながら、3月議会に突然出すというやり方でした。覚えてらっしゃる方も多いと思います。しかし、そのときは、市民から定数削減の陳情も出ていましたし、参考人陳述も賛成、反対、それぞれ4人ずつ、各15分間でした。ところが今回はそれも大幅縮小され、2名ずつとなっています。
私たちは、12月議会に議員定数の現状維持を求める陳情を出しました。ところがこの際に、次のようなことがありました。議会運営上の取り決めで、陳情の取り扱いについては同趣旨の市民陳情と、議員提出の議案がある場合は、市民陳情は資料配布のみというのがあります。市民陳情を下に置くこと自体、市民を軽く見ていると思うのですけれども、今のルールに従うにしても、議員定数を減らすことと、現状を維持することを同趣旨だといって、今回出された陳情を審議の対象にしなかったというのは、どうしても納得がいきません。一般常識からしても、議員の数を減らすことと、維持することが同じだと思うでしょうか。このようにして陳情はつぶされてしまいました。
そこで私たちは、議員定数ということだけで同じ扱いをするならということで一歩譲って、今の議会の運営方法にあわせて議員定数の現状維持を求める請願を出しました。この場合、同一会期内に同趣旨の市民請願と議員提出議案があった場合は、議員提出は取り下げるという取り決めになっております。だとすれば、議会が一貫した姿勢をとるならば、議員定数に関するという点では同一という解釈で議員提案を取り下げなければいけないはずです。ところが、都合が悪いとなれば、自分たちで決めた議会運営上のルールを守らないで、平然と特別委員会をすでに設置したなどと勝手な理由を無理矢理つけて、議員提案は取り下げをしないという身勝手さです。
このように議会の都合で請願や陳情の取り扱いが変わるのは、憲法で保障された市民の権利がどうなっていくのでしょうか。議会での民主的な運営は、立場や考え方が違っても市民に関して大切なことが公平、なおかつ十分に論議されるための保障であると考えますが、いかがでしょうか。
もう一つ、問題点と思われることがありますので、指摘させていただきます。
4年前の議員定数削減のときには、バブルがはじけて、市民生活が大変に困難になっている。議会もみずから身を削って市民の声にこたえるべきだという理由でした。ではバブルがはじけた原因は市民にあったのでしょうか。また、市民生活が困難であれば、それを補っていくのが地方自治体の役目ではないでしょうか。前回はバブルのせいにし、今回は「社会経済状況」のせいにしていますが、いずれも市民がつくり出したものではありません。自民党政治がつくり出したものです。長引く不況から、税収が鈍化しているとすれば、その原因となっている消費税の5%へのアップや、医療改悪による国民の負担の増大、みずからの失敗を国民の税金を60兆円も投入して大銀行の救済に回すなどの自民党政治にこそ目をむけるべきではないでしょうか。そして、地方自治体の本来の立場に立って、この政治に立ち向かって、市民の生活を守るべきではないでしょうか。
例えば、国や都に対する意見書の提出、国政、都政にもかかわる市民からの請願や陳情への議会としての態度はどうであったか、私はあえて問いたいくらいです。
さらに2名の議員を減らして、その浮いた分のお金がどのように使われたかは本当に問題です。市民にその原因がないのに、取りやすいところから取るとばかりに、この間、学校給食費や下水道料金への消費税の上乗せ、保育料の値上げなど、市民の負担はますます増加しています。
特に98年9月には、一人当たり年間5,000円の敬老金をばっさり削った同じ議会で、議員歳費をお手盛りで引き上げているという現実がありました。前回の議員定数削減以来、2回の議員報酬の値上げで、2名の削減分はほぼみずからの懐に入れてしまうという事態は、市民として驚くと同時に、怒りを覚えています。前回、出された議員定数削減が、税収減の原因と分析が市民に知らされないまま、陳情に訴える形をとって行われましたが、結果を見ると、その削減分は市民のための予算には振り向けられてはおらず、大方議員歳費の値上げに回ってしまいました。したがって、再び同じようなことはやるべきではないと私は考えております。
また、定数削減以降行われた議会の改善といわれるものには、その一部は先ほど述べましたけれども、かえって改悪となっている内容が目につきます。かつて、稲城市の女性行動計画の策定委員を務めましたけれども、人材やその実施状況を考えるにつけても、また1万6,000人もの署名が集まった学校給食の自校方式の請願や、何度も提出した乳幼児医療費無料化の陳情など、なかなか実現への壁は厚いとの思いが胸をよぎります。請願を出すには紹介議員が必要です。どの分野でも専門というわけにはいかないでしょう。そうした点からも議員の数は減らさないでほしいというのが実感です。
最後に、女性の立場から、一言申し上げたいと思います。
戦後、公布されました日本国憲法で女性にも参政権が与えられました。その被選挙権というのは、宝とも言えるとても大切なものだと思っております。その宝を大事にしてこれからも女性の立場をより社会的に発展させていくためにも、今度の定数削減は女性の参政権にとってもとても大切なものだと思って、反対したいと思います。
稲城の人口の動向や市民要求の市政への反映から照らしても、今は定数を減らすべきではないと考えます。
以上、女性団体に所属する一員として、反対意見の陳述を終わらせていただきたいと思います。
私は向陽台に住む岡田隆郎です。私は「このままでいいのか−稲城をよくするみんなの会」の代表委員の一人で、稲城の民主的な政治を培っていきたいという立場から、今回の稲城市議会議員定数削減案には3つの理由で強く反対します。
理由の第1は、憲法、地方自治法が保障する市民の参政権を狭め、執行機関との緊張感を弱め、地方分権強化の方向にも逆行することです。
第2は、この点で今回の提案理由が見当外れ、無責任であることです。
第3は、今回の提案が今年4月の選挙直前に出され、その事実すらいまだに公式には市民には知らされずに採決が強行されようとしていることです。
以下、具体的に申し述べます。
まず反対理由の大きな1番、市民の参政権の軽視や、地方分権強化とのかかわりです。もし、今回の定数22人への削減が強行されたら、議員定数は1967年、すなわち32年前の昭和42年、人口が1万9,000人台であった稲城町の時代に逆戻りしてしまいます。現在の稲城市の人口は、6万5,000人台ですから、市民が議員を選ぶ1票の重みは当時の3分の1になってしまいます。これは何を意味するのか。民主政治の健全性は、主権者の多様な意見を選挙によって議会に公正に反映することで保障されます。このことは、地方自治法が稲城市の人口では市議会議員定数は原則36人とうたっていることの重みをまず真剣に受けとめるべきです。特に、稲城のように都市化が進んで、住民の移動が激しく、その職業や生活形態が多様化する中では、そこにふさわしい人数の議員がそれぞれの地域、分野の住民要求を担いつつ、これを全市的な視野で協議し、行政に反映させることの責任と役割はますます増大しています。
これに反して、今回の提案は、市民が参政権を行使する場を当事者に諮りもせずに、3分の1にまで縮めてしまおうとする、あまりにも市民を愚弄するものです。ちなみに隣の多摩市議会は、昨年12月、一部の市民が出した議員定数削減の陳情を否決しています。
もう1点は、執行機関との緊張感を弱め、地方分権にも逆行する問題です。地方政治では、国の議院内閣制とは違って、市長が住民の直接選挙で選ばれることで、大きな権限を持っています。これに対する地方議会には、執行機関の行政を厳密にチェックする機能が与えられています。議員定数の削減は、この緊張関係、市政へのチェック機能を弱めます。現に稲城市議会のみなさんが95年11月に議員研修会の講師として招いた全国都道府県議長会調査部長の野村稔氏は、「これからは地方分権の時代となり、市町村長の権限が強化される。議会の権限を強化しないで、議員を減らすのは矛盾である。議会の権限が低下して得をするのは執行機関である。」と述べています。
市議会は、この研修の成果を生かすべきです。同議長会は、昨年7月の文書でも、「地方分権の推進で住民を代表して執行機関を監視し、政策を立案する地方議会の役割はますます重要になり、議員定数の一律削減は適当でない」と述べているではありませんか。
次に反対理由の大きな2番、今回の議員定数削減の提案理由が見当外れ、無責任だということについて述べます。今回の削減提案は、市民意識や価値観の変化への対応を、市民サービスの充実の重要性を強調する一方で、社会経済情勢は厳しく、議会改善の成果も上げてやってきたので、議員みずから定数削減の先べんを示すことで、行政にもいっそうの行財政改革に取り組んでもらう必要があるとしてます。これらについて、4つに分けて意見を言います。
その1。市民意識や価値観の変化への対応などを強調するなら、定数削減提案は見当外れだということです。稲城の新しい市民が毎年増え続け、価値観や要求が多様化している中で、これを広い範囲から集約し、さまざまな分野の住民サービスに反映させるためには、議員の数は増やす必要こそあっても減らすべきでないことは、これまで見た議会の役割と地方分権強化の課題に照らして明らかです。
市議会本会議での削減提案をした上野議員さんは、公明党ですが、公明党の本部は、衆議院議員の定数削減問題について、その比例区分、つまり稲城の選挙にたとえれば全域が1選挙区になっている部分については、多様な民意を吸収することはきわめて大切であるとして、削減に反対を表明しています。上野議員の提案はこれと矛盾していませんか。
その2。市民の目から見て、議会の改善はされていないことです。むしろ無責任な改悪が目立ちます。いくつか例を挙げましょう。例の1つ。憲法がうたう市民の請願・陳情権がおさえられました。先ほど楠原善子さんが述べられましたように、私たちの請願・陳情の締め切り日が繰り上げられ、市民が議会の議題を知って、請願や陳情を出したいと思っても間に合わなくなりました。今回の議員定数削減がその典型例で、私たちが緊急に抗議行動をおこさなければ、請願・陳情を締め出したまま、年内に議決が強行されるところでした。
例の2。本会議の形骸化が進みました。市民の切実な声と議員の良識を端的に示し、また市当局との緊張関係を正確にあらわすのが本会議の討論ですが、これを傍聴しても、多くの場合、よくわからない、つまらないといって印象がつきまといます。それは、議会みずからが議員と執行部との一問一答方式の討論をやめ、再質問の回数も2回に制限したからです。包括的な応答だけでは議会と執行機関との緊張感は緩む一方です。例の3。市民不在の議会運営が増えています。市民のくらしや福祉にかかわる政策論議は通りいっぺんのことが多い反面、議長の選挙とか、会派の駆け引きなどでは、傍聴者をほったらかしにしたまま、本会議、委員会が長期空転することがしばしばです。また、傍聴はおろか、記録も残されない、全員協議会、委員協議会、代表者会議などで重要な論議が行われ、本会議や委員会では手続き上の結論だけ確認することが増えています。これは議会の民主制公開の原則を損なうものです。
2つ目の大きな反対理由の、その3について言いますと、議員定数削減の見返りに、市に行財政改革の一層の推進を促していることも問題です。今、稲城市が行いつつある行財政改革の基本は、市民の声もそっちのけにして、国や都の言いなりの大型開発に多額の税金を使う一方、市民には「お金がない」といって、保育料、老人ホーム負担、下水道料金引き上げ、各種料金、各種補助金のカットなど、市民に負担増を強いるものです。今回、議員定数削減を提案している会派のみなさんは、これらの予算案に毎年賛成すると同時に、消費税引き下げ、乳幼児医療無料化の拡大、中央図書館建設促進など、市民の切実な要求である請願や陳情にはことごとく背を向けてきました。市長が「金がない」と言えば、そのことを市民にオウム返しに言うのではなく、経済情勢が厳しいからこそ市の税金の使い方にメスを入れ、また、国や東京都に意見を出して、財源の捻出方法を議論するのが市議会議員の役割ではなかったのでしょうか。議員削減とあわせて市民に冷たい政治の市政の推進にも勢いをつけてもらおうという今回の提案は、二重に誤っています。
大きな反対の理由のその4を言います。「議員みずから先鞭を示す」とありましたが、そう言うなら、4年前に議員定数を2名減らした際、浮かせた財源は福祉・住民サービスに転用するといっていたにもかかわらず、実際にはその大部分を、2回も歳費を値上げ、すなわち議員報酬、役職加算、期末手当、会派交付金などを2回も値上げして、大半を山分けしてしまったことをどう説明してくれますか。今回こそ本当に議員みずから先鞭を示すというなら、提案議員さんたちはただちに議員歳費の引き下げの提案をしてみて下さい。このことは、住民の参政権を奪うことにもならず、誰も反対する人はいないでしょう。それができないなら、きれいごとを言うべきではありません。以上が大きな2番目の反対理由です。
反対理由の大きな3番は、今回の提案が4月の選挙直前に出され、その事実すら住民に知らされずに、採決が強行されようとしていること。つまり、この提案の時期、方法自体が有権者を無視していることです。このことに加えれば、一つは、審議を急ぐあまり、私に参考人陳述を求めておきながら、提案者の上野発言すら直接には提供してもらえなかったことです。結局、多羅尾議員さんと議会事務局の協力でテープ起こしはしてもらいましたが、まだ記録の整備もできていない中での審議の急ぎすぎを痛感しました。
もう一つは、選挙間近に定数削減が持ち出されることの意味についてです。かつて朝日新聞は同様のことについて、「表向きは行政改革の一環という大義名分を掲げるが、新顔出馬を牽制するのがねらい。定数が減れば保守系会派で過半数がとりやすいといって本音もちらほら聞こえてくる」と書きました。今回、提案した会派や議員さんの本音はいかがでしょうか。稲城市議会の多数会派がこんなことを繰り返していては、新人議員は登場しにくく、市民の市議会への期待と関心は薄れ、ひいては市議会の活力が衰退するでしょう。そして、本当に市民の間から「こんな無責任な市議会だから人数は少ないほうがいい」といって声が出るようになったら、稲城の民主政治は地に落ちます。それからでは遅いのです。以上が私の意見です。
まとめとして、私は2つの要望をさせていただきます。
第1は、こうした議案が出されていることすらいまだに一般の市民には知らされていない中で、しかも選挙直前のこの時期に、多数会派が採決を強行することは、市民の参政権への重大な挑戦であり、暴挙であることを述べました。1月28日の裁決予定日を白紙に戻して、あらためて広報で呼びかけて公聴会を開いたり、すでに出された請願・陳情、参考人の意見などについて全面的な議論をするなど、廃案も選択肢に入れて、有権者の納得できる慎重な審議をするよう、強く望むものです。
第2は、削減提案をされている会派とその議員のみなさんが、議員みずから先鞭を示すというなら、私は先ほど求めたように、議員歳費引き下げ提案をただちに行なってほしいこと、そのことについては、次の委員会で明確に態度表明をしていただきたいことです。それなくしては、市議会は無責任な提案で議論を重ねることになります。
すべての議員のみなさんが、稲城の民主政治を守り、発展させるために、この問題で市民の称賛に値する討論と見識を示して下さることを心から期待して、発言を終わります。