銀座に装甲車、空には対戦車ヘリ、地下鉄に迷彩服、東京湾に艦船――石原都政が強行した三日の「総合防災訓練」(ビッグレスキュー東京二〇〇〇)は、防災は名ばかりの自衛隊大演習となり、多くの都民、国民の批判と不安を呼び起こしました。その背景には、就任から一年半をむかえる石原慎太郎都知事の危険な体質と憲法否定の考えがあります。
演習当日、石原知事は終日はしゃぎ気味で、都内各所の演習会場でおこなったあいさつでは、“司令官”気取りの発言をくり返しました。(語録(1)参照)
「第三国人」発言、障害者差別発言など非常識な発言の数々で“暴言・妄言知事”の評価がすっかり定まった石原氏とはいえ、この日はあまりにも度はずれた発言の連発で、世論を驚かせました。
江戸川区の篠崎会場では、居並ぶ自衛官を前にご満悦。「いびつな憲法のもとに軍というものが白眼視され、みなさん方もずいぶん肩身の狭い思いをされたと思う」、「(訓練で)都民も国民も強い危機感を抱いた」と、胸をそらしました。
中央区の晴海会場では、「想定されるかもしれない、外国からの侵犯にたいしても、まずみずからの力で自分を守るという気概をもたなければ、だれも、本気で手を貸してくれるものでもない」と、“有事”を想定した自衛隊演習の意図まで露骨に表明しました。
「訓練」をいちいち「演習」と呼び、自衛隊を「軍」「(陸海空)三軍」としつように言い続け、反対する都民の声は「バカな左翼」とあきれるような感情むきだしの低俗な表現で切り捨てる――石原氏の特異な思想が公の発言で何度もくり返されました。
この演習が、石原氏がこれまでくり返し発言してきた憲法否定やアジアの人々へのべっ視という特異な政治的立場を公然と都政に持ちこむねらいを込めたものであることは、演習に先立つ石原氏の発言(語録(2))からも明白です。
石原氏が「陸海空の『三軍』を使った災害時の合同大救済演習」という構想を語った『VOICE』九九年八月号のインタビューでは、「北朝鮮とか中国に対する威圧」、「市街戦」などという言葉が口をつき、ことし三月号の『正論』では、「外国人による大略奪に対処するデモンストレーション」「戦車とか装甲車で街を封鎖」などというぶっそうな発言がされています。
要するに石原氏の発想では、災害そのものからの都民の救出など二の次、とってつけたような「外国の侵犯」「外国人の大略奪」の“脅威”にたいする自衛隊の演習こそ、最大の眼目だったのです。
さらに石原氏は「最初は小学校レベルのことからはじめて、毎年それを積み上げていく」(四月二十一日の記者会見)とのべ、演習を全国展開することを求める“越権”発言もしています。
石原氏の防災軽視の姿勢は、各所のあいさつで繰り返した“自助”論にも露骨です。
「まず自助、次は共助。最後は都や国が力を出す」という石原氏の論法は、防災における行政責任を後景におしやる重大な誤りを含むものです。地方自治法が「住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持する」(第二条)とうたう通り、防災のための最大限の施策をおこなうことは地方自治体に課せられた固有の任務です。
消防・消火能力の強化や人命救助に欠かせない重機・資器材の整備など必要な施策をサボり続けながら、「自助」や「共助」を説くという石原知事の態度は逆立ちしています。その上、防災とは関係のない自衛隊演習にばかりうつつをぬかす石原氏の姿勢はとんでもありません。
石原氏の「有事想定」発言に中川秀直官房長官は四日、「治安出動ということは政府として全く考えていない」とおおあわてで否定コメントをしました。
石原氏は、都知事の権限を最大限につかい、政府でさえいえない露骨なやり方で、その憲法否定の思想を都政に持ちこみ、日本の国そのものを軍事優先の方向へと導く役割を担っています。一年半前の知事選では、「私は蛮勇はある」といい、「東京から日本をかえる」と売りこんだ石原氏。しかし、都民が知事選で示した「反自民」の選択は、石原氏にこのような憲法否定の“暴走”をする権限を信託したものではありません。
(中村圭吾記者)
「緊急の場合の渡河という本当に致命的な大事な演習をほとんど実戦に近くなし終えていただいた。都民も国民も、非常に強い信頼感を自衛隊にたいして抱いたと思う」
「残念ながら戦後、いびつな憲法のもとに軍というものが白眼視され、みなさん方もずいぶん肩身の狭い思いをされてきた。日本も他力本願ではなしに、自力できちっとするんだという自覚をやっと国民も持ち始めた。自衛隊もまた自衛隊という名前に連綿とすることなく、私はあえて『軍』と発言しているが、強い自覚をもって励んでほしい」(午後、篠崎会場の講評)
「まず自助、自分で自分を守る。次は、近隣の方々が助け合う、これが共助。そして、最後は、東京都なり国家が、大きな力を出して、足りないところを補って、みなさんの安全を確保する」
「いろんな立場の国民、日本人が力をあわせて、この大きな演習をし終えた。なかでは、バカな左翼が数人いて、わけのわからんことをいっていましたが、多くの市民がほんとうにこれを冷笑して、まったく無視しているということは、非常に象徴的で、印象的な光景だった」
「私たちは、この国におこる災害にも、あるいは、想定されるかもしれない、外国からの侵犯にたいしても、まずみずからの力で自分を守るという気概をもたなければ、だれも、本気で手を貸してくれるものでもない。今回のこの演習を一つの大きなよすがにして、すばらしい東京、日本をもう一回築きなおしていきたい」(午後、晴海会場の講評)
「(演習は)最初は小学生レベルのことから始めて、地震がこなければ毎年それを積み上げていく」(4月21日、都庁)
戦車で街を封鎖
「不法入国の外国人による大略奪が新宿とか池袋で起きるかもしれない。それに対処するデモンストレーションとして戦車とか装甲車で街を封鎖する訓練もしてほしいといった」(『正論』2000年3月号)
「陸海空の『三軍』を使った災害時の合同大救済演習をやってもらいたい、東京を舞台に」「北朝鮮とか中国に対するある意味での威圧にもなる。やるときは日本はすごいことをやるなっていう。だからせめて実戦に近い演習をしたい。相手は災害でも、ここでやるのは市街戦ですよ」(『Voice』99年8月号)