1999年11月11日 調布「たづくり」くすのきホールでの演説

  日本共産党の岡田たかおです。

  私は、今度の総選挙は、国民を苦しめる自民、自由、公明、いわゆる自自公3党の悪政をやめさせて、21世紀の早い時期に国民本位の民主的な政府をつくるための、大事なそして絶好の機会だと考えています。

 こんな「自・自・公」政治、絶対に許せない 

あたたかみのこもった声援 −「自・自・公」政治への批判と共産党への期待−

  私は、10月以来、22区(府中、調布、狛江、稲城)の各地域をまわり、街頭や駅頭、小集会で日本共産党と私の考えや政策を訴えていますが、行く先々で、「共産党しかないよ」「頑張って」といった声援をたくさん受けます。 立ちどまってじっと話を聞いてくださる方、商店や団地のベランダから手を振ってくださる方、ベンチで話を聞いたあと「風邪をひかないで」と宣伝カーが出発するまで見守ってくださるお年より、街頭でのチラシ配布を飛び入りで手伝ってくれる青年、共産党の宣伝カーと「岡田たかお」のポスターやたすきを見比べて、私の顔を一生懸命おぼえようとしてくださる方もいます。 飲み物の差し入れやカンパもいただきました。
  「おかだたかお」って上から読んでも下から読んでも「おかだたかお」だなんてはやし立てていく中学生もいて、待ちの雰囲気は盛り上がっています。
  私は、こうした温かみのこもった雰囲気の中に、多くの市民のみなさんの、いまの自自公の悪政を何とかしてほしいという気持ちと、これに正面から立ち向かう日本共産党への期待が込められていることをひしひしと感じ、国会への挑戦の手ごたえと責任の重さを痛感しています。

こんな「自・自・公」政治、私は絶対に許せない

  みなさん。 自自公3党はこの夏、アメリカのどんな戦争にも日本が協力義務を負う戦争協力法案、プライバシーの侵害と大問題になった盗聴法案、もっと論議が必要とされた日の丸・君が代法案を、数を頼みに問答無用で押し通してしまいました。 平和や基本的人権に対する重大な挑戦です。 自由、公明の両党は、昨年まで「自民党の悪政と対決する」と声高に言って得票を得てきた政党です。 これが新たな国民の審判を受けることなしに自民党の応援団にまわってしまったのですから、どの世論調査を見ても国民の怒りと失望感は圧倒的です。
  いま開かれている臨時国会で、小渕首相は「経済」や「安全」を強調しました。 しかし、国民の関心事である日産自動車の2万1000人にのぼる首切りに象徴される、全国に吹き荒れるリストラの嵐を政治の力と責任でどう規制するのか、消費税引き下げ要求にはどう対応するのか、東海村の原子力大事故の政治責任をどう感じているのかなどには全く触れませんでした。 今度の国会から導入された党首討論では、原子力政策を追及した日本共産党の不破委員長の質問に、小渕首相は何度も立ち往生するありさまでした。 結局、自自公政権は国民生活の未来について、何の責任も展望も示すことができないでいるのです。
  朝日新聞は、社説で3回にわたってこれらを厳しく批判しました。 「これで信頼できようか」「自自公が招いた空洞化」「政略でもてあそぶな」という見出しです。 そして自自公の枠組みそのものを見なおせといっています。
  みなさん。 早く国会解散・総選挙を実現させて、自自公政治にきっぱりとした審判を下そうではありませんか。

具体的対案をしめす日本共産党

  みなさん。 日本共産党は自自公の悪政に対して、1つ1つ建設的な提案を示して政治の流れを国民本位のものに変えるために奮闘しています。
  介護保険については、9万人にのぼる特別養護老人ホーム待機者の解消や在宅介護体制の充実、低所得者に保険料を割り引いたり免除する制度を確立することなどを提唱しています。 雇用の安定と確保の課題では、解雇規制法案やサービス残業根絶特別措置法案、中小企業・商店のみなさんには中小企業対策予算の拡充や下請け企業の保護、大型店進出規制、地域商店振興策を提案しています。 消費税減税法案も提出しています。
  みなさん。 来るべき総選挙では、日本共産党を大きくしていただくことこそ、国民を守り、日本の未来を救う道です。 ご一緒に、国民が心を通わせ合う政治を築こうではありませんか。

 国会に挑戦する3つの決意 

  さてみなさん。 私はこれまで40年にわたって、この三多摩地域で、そして全国規模で住宅、医療、福祉など社会保障にかかわる運動に携わってきました。 今回の日本共産党からの国会への挑戦にあたって、この経験をふまえて3つの決意を申し述べたいと思います。

国民の権利としての住宅保障の確立

  第1は、適切な住宅とその環境の保障を政治の責任で行なう。 言い換えれば、住宅保障を国民の権利の問題として確立し、改善、充実させることです。
  みなさん。 日本の多くの勤労者は、住宅が狭い、住環境が悪い、家賃やローンなど住宅費負担が大きい、といったことで悩まされています。
  私はこれらの改善のために、20歳の頃から、住んでいた公団住宅で自治会をつくり、これを全国組織の公団住宅自治会協議会に発展させて運動を進めました。 大学院の修士論文も、勤労者に対する国の住宅政策のあり方と国民的な運動の必要を説く「住宅論試論」でした。
  公団家賃値上げ反対運動では、かつての中曽根康弘首相が自民党の政務調査会長だった時代に、いまもある永田町の砂防会館の彼の事務所に出向いて、その場で「値上げせず」の約束を取り付けたり、歴代の建設大臣と交渉し、1980年代近くまで10数年間値上げをストップさせるなどの活動をしました。 マスコミが「家賃戦争」と大々的に報じたとき、公団当局は公団自治会や私のことを目の敵にして反共宣伝をして自治会つぶしをしようとしたり、週刊誌も「岡田は共産主義者」などと書き立てましたが、当時の斉藤滋与史という建設大臣は、私が参議院の建設委員会に参考人として出席し、日本共産党の上田耕一郎さんらの質問に答えるのを聞いていて、「岡田さんの意見は当事者としては当然のものだ」と、公団幹部をたしなめる場面もありました。 こうした中で、建設大臣の斡旋で公団と自治会協議会との対等な協議ルールを確立するなどしました。 また、労働団体や民主団体で「住宅要求全国連絡会」をつくって政府交渉をしたり、進歩的な学者の人たちと「日本住宅会議」を創設して、「住まいは福祉・人権」という考え方の普及に努めました。 こうした中で、「権利としての住宅保障」という思想は、ジャーナリストや国民の中に広がりました。 こうした全国的な住宅要求運動は世界に例がありません。
  これらの結果、その後も民間・公共を問わず住宅の家賃には消費税はかけない、一部の住宅ながら2度にわたって公団の高い家賃を引き下げさせるなど着実な成果を上げてきています。 都市計画などで環境アセスメントを常識にさせたのも、長年の住宅環境を守り、改善させる運動の反映であると思います。 最近テレビ報道されたことですが、台湾の大地震の際、台湾では緊急避難の仮設の住宅に入る権利は持家の人にしか与えられなかったそうです。 阪神大震災のときは、当然のことながら、持家だった人にも、仮設住宅入居の権利は平等に与えられました。 日本には「住まいは人権」の考え方が普及していてよかったとあらためて感じたことでした。
  いま政府は、アパート住まいなどの人の権利を狭める法案を国会に提出しています。 こうした国民の権利に逆行する自自公政治の動きの中で、「住宅保障」拡充のために、これまでの活動の実績を国会で役立てたい −これが第1の決意です。

憲法の理念にもとづく社会保障の充実

  第2の決意は、国民の生存権と国の責任を明記した、憲法25条の理念にもとづく医療、福祉、介護など社会保障の充実した政治を確立することです。
  私は、住宅関係の全国的な団体での活動のあと、ここ10数年は全国の民主的な開業医の団体の事務局で活動をしてきました。 そこでは医師・歯科医師と患者との対話や、国の医療政策改善を求める共同の運動を進めました。 乳幼児の医療費をせめて小学校入学前まで所得制限なしに拡大させる運動で自治体ごとに着実な成果を上げてきたこと、お年寄の医療費負担の拡大反対で、政府の思惑どおりの改悪は食い止めてきていることなどはその例です。 また、国民健康保険料を引き下げさせたり、(お金がなくて国保税を払えない人からの)国民健康保険証のとり上げや医療費引き上げに反対して、政府の暴走を阻止する闘いなども広げました。 私自身、政府や国会、各地の自治体に500回以上足を運びました。
  私は最近、介護保険の学習会で、ある82歳の1人暮らしの女性からこんな訴えを聞きました。 その女性は2カ月ごとに7万円あまりの年金しかなく、住んでいる都営住宅の家賃は免除されていますが、年金が来たらまず光熱水道料を別にする。 そうすると食費はいくらも残らない。 「週2回ホームヘルパーさんに来てもらっているが、あまりにも貧しい食事なので恥ずかしくて買い物が頼めない。 わずかの掃除、選択をお願いするしかない」「介護保険料が払えなかったら、そのヘルパーさんのサービスさえも断らなければならない」−こういうことでした。 私は、とっさには返す言葉もありませんでしたが、こうした人々の訴えを我がこととして働くのが私の役割だと気持ちを引き締めました。
  みなさん。 日本に社会保障の財源がないのではありません。 欧米諸国では公共事業費の2倍から3倍の社会保障費を組むのが常識ですが、日本はその逆で、無駄の多い大手ゼネコン向けの公共事業には1年間に50兆円使うが、社会保障には20兆円しか予算を組まない。 ここに問題があるのです。 私たちが社会保障費の増額を要求すると自自公政府は、「それなら消費税を上げるぞ」と居直ります。 とんでもないことです。 公共事業予算の一部をまわせば、消費税を上げるどころか3%に下げてももっと社会保障を充実させることが可能なのです。 今回の介護保険の財源問題の解決の方向もここにあるのです。
  みなさん。日本共産党は、21世紀の日本を今のような大企業、大手ゼネコン、大銀行が勝手に振る舞う「ルール亡き資本主義」ではなく、政治でも経済でも、まず国民生活を最優先に位置づける「ルールある資本主義」にしようと提案しています。 社会保障拡充はその大事な課題です。 このことのためにぜひ国会で働きたい。 これが第2の決意です。

平和と民主主義、教育と人権尊重の政治を築く

  第3は、平和と民主主義、教育と人権を尊重する政治を築き上げたい、これを脅かす長年の自民党政治を刷新したい−この思いです。
  私は広島で生まれました。 原爆には遭いませんでしたが、その終戦の年、医者も薬もない中で父親が病死しました。 戦後の混乱期、兄弟3人が母親の細腕で育てられ、母の苦労を見るにつけ、戦争を憎み、社会の矛盾を肌身で知りながら、一方では、平和憲法の新鮮な息吹がただよう中で育ちました。 中学時代には、憲法全文を手書きで印刷してクラスの友だちに配ったこともありました。 高校時代に、広島で開かれた第1回原水爆禁止世界大会に高校生の代表として参加、友人との語らいの中で、働くもの、社会的に立場が弱いものが大切にされるように政治を変えたい、こんな思いを強めて19歳のときに日本共産党に入り、その後一貫して平和運動に参加してきました。
  いま自自公政治は戦争協力法を強行し、アジア外交といえば武力行使の有事立法しか念頭にないなど、平和を脅かす悪政をエスカレートさせています。 21世紀を担う子供たちにこんな社会を引き継ぐことはできません。
  みなさん。ヤヌシュ・コルチャック先生という人をご存知でしょうか。 アウシュヴィッツで子供たちから離れず、自らガス室で死んでいった教育学者です。 私はこの夏、ポーランドを訪れ、そのガス室を見学しました。 この人の愛情と有機にじかに触れるにつけても、未来を担う子供たちのために、絶対に戦争の道をくりかえしてはいけないとの思いを新たにしました。
  私が育つ中で学び、見につけた子供たちへの愛情と、平和と民主主義、基本的人権をうたう日本国憲法の原点を政治の基本にしっかりと据えたい−これが国会に挑戦する3つめの理由であり、決意です。

  先日、ある新聞社から「あなたの政治信条は」と聞かれ、「平和と人権、民主主義が大切にされ、働くものや社会的弱者、すなわち、子供、高齢者、身障者、低所得者の人たちに光をあてた政治をしたい」と答えました。 まさにこれが、私の40年間の活動にもとづく、生き方をかけた信条であり、国会に送り出していただければ、即、戦力として必ず役割を発揮させていただく、すべての有権者のみなさんへのお約束であります。

 国会への挑戦に大きなお力添えを 

  みなさん。 私は連日、宣伝活動、各地域の集会などをかけめぐっています。 はじめに述べましたように、各地であたたかい声援をいただき、日本共産党と、私、岡田たかおへの期待をひしひしと感じています。
  先日、市議会議員のみなさんと一緒にいくつかの団体と懇談しました。 建設業協同組合では、「市内の公共事業が大型のものほどゼネコンにもって行かれる。 数百万円の仕事を複数の業者で分け合う状況では経営が成り立たない」とゼネコン批判でした。 特別養護老人ホームでは、「3億円の運営費のうち、都の支出金7000万円が削られそうだ。 職員や介護サービスの質をどう確保しろというのか」との訴え。 医師会との懇談では、「介護保険の認定調査は複数でしないと判断の違いが大きい。 審査も1人分を4分でやれというが、真剣にやれば7例で2時間半かかった」と、専門家の立場から今の認定制度に厳しい批判が出されました。
  これまでは、日本共産党との懇談事態を敬遠しがちな方がたが、共産党への期待を込めて、いまの政治への不信を遠慮なく話される−ここに情勢の発展を実感しました。
  また、私の団地で、今月から公団の高い家賃が下がりました。 多くの住宅で年間10万円を超える値下げでした。 もちろん全国的なみんなの運動でかち取った成果ですが、近所の人や「しんぶん赤旗」の読者の人は、私が自治会で一生懸命運動していたことから、まるで「さすが共産党のおかげだ」と言わんばかりの喜び方で、「岡田さん、よくやってくれました。 これからも体に気を付けて頑張って」とか「これで年金生活になっても転居しなくてすむかもしれない」などと言ってくれました。 日常活動を通じて、私と日本共産党とを結びつけて知ってもらえる−日本共産党員であることが誇らしい一瞬でした。
  この22区では、私を含めて4人が名乗りを上げていますが(99年11月11日現在)、私以外の4人はすべて自自公政治の枠の中にいる人たちです。 自自公政治に反対だったり疑問や不安をおもちの方、政治の流れを国民本位に変えたいとお思いの方は、こぞって日本共産党と私岡田たかおに大きなご支援をお寄せください。 そしてその輪を2まわりも3まわりも大きく広げてください。 よろしくお願いいたします。