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日本共産党演説会 (2001年4月25日 パルテノン多摩) 緒方靖夫参議院議員の話(大要) |
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みなさんこんばんは。お隣の町田に住んでおりまして、いつも大変お世話になっております。日本共産党参議院議員の緒方靖夫です。(拍手) 7月に行なわれます参議院議員選挙の東京選挙区の候補者として、いま全力でがんばっているところです。 その前、6月には東京都議会議員選挙が行なわれます。 この選挙で、みなさまがたのお力で、多摩・稲城から私たちの代表、新田孝さんを何としても送り出していこうではありませんか。(拍手) 私は新田さんとたびたびご一緒に仕事をしてまいりました。 高すぎる公団家賃を値下げさせようと交渉したり、公団の耐震診断を一緒に行なったり、「さすがだなあ」といつも尊敬しております。 議員として26年間のキャリアを持っている。 そして、いつも思うんですけれども、あの体の中に温和さと力強さが同居している。 「すごい人だな」と思います。 どうかみなさん、新田孝さん、そして私緒方靖夫を、都議会、参議院でコンビで働かせていただきますよう心からお願いいたします。(拍手)
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| ■質問回数160回 参議院ダントツ |
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6年前の95年の夏、みなさまの大きなご支援で私、国会に送っていただきました。 そしてその後6年間、やはりみなさまに支えられてこの間全力で仕事をすることができました。 何しろ私、以前に国会議員やったことなかったものですから、やることなすこと本当に新鮮で議員というのはこんな要求も実現できる、みなさんと一緒にこういう政府交渉もできる。 そんな毎日を嬉々とした気持ちで過ごしてまいりました。 気がつくと「草の根から世界まで」、質問回数160回。参議院でダントツの数となりました。(拍手)
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| ■警察の電話盗聴事件とたたかって13年 全面勝利をかちとる |
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私は、あの警察の電話盗聴事件と13年間たたかって、国と警察を相手に全面勝利をさせていただきました。 この過程でジュネーブの国連人権委員会に私、訴えを起こし、何度も通いました。 ジュネーブでは私のことを「ミスター人権」と言うようになりました。 ですから私、そうした目で街を見ていくと、どうしてもこの東京には欠けているものがあると痛感いたします。 ヨーロッパではお年寄りや障害者が街の中に大勢おられる。 日本ではそれがうんと限られている。 「おかしいな」、いつもそう思っておりました。 そしてこの間みなさんと一緒に運動を進めながら、昨年11月に「バリアフリー法案」が通過いたしました。 本当にうれしい思いです。 そして私、先月この問題について実態調査をもとにしながら国土交通大臣に質問いたしました。 「バリアフリー法の精神は何か。それぞれの駅にエスカレータではないか。エレベータがついていることが大事なんだ」そう答弁させた。 そして「エレベータのない駅はいわば法律違反だ」とまで大臣は言いました。 そしてまた歩道橋にも必要なところにはエレベータを付けていく、これが大事だということもはっきりと認めました。 みなさん。みなさんの運動と一緒になって私たちの新田孝さん。 京王(聖蹟)桜ヶ丘の駅、今年そして来年には京王永山駅にエレベータ設置、そこにこぎついたじゃありませんか。 こうした運動、どうか新田さんを都議会に送り、私を参議院で引き続き働かせていただいて、誰もが安心して通ることができる、そうした道路、そしてまた駅、バリアフリーの街をみんなの力でつくっていこうじゃありませんか。(拍手)
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| ■東南アジアの国会議員と語り合って |
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また私は世界の問題では東南アジアの平和の流れを強めるために全力で頑張ってまいりました。 その活動の断片を一つお話ししたいと思います。 昨年秋にシンガポールで国会議員の、東南アジアの国会議員の総会が開かれました。 日本の国会からもオブザーバとしてその会議に派遣されることになりまして、二人派遣されたんです。 一人は団長ですけれども自民党の長老、そして団員として私、緒方が派遣されました。 その自民党の方はこういう活動にあまれていないせいか、シンガポールに着くと私の後をついてばかり(笑い)。 何しろトイレに行くのもついていくんですから(笑い)。 そしてちょっと僕がいなくなると不安そうな顔をする。 そんな状況でした。 一番の難問は日本代表団との対話集会。 どんな質問がとんでくるか分からない。 ですから自民党の団長はもうずうっと三日前からドキドキしている。 結局その集会では自分が冒頭に日本語で原稿をさっと読み上げて、「後はすべて緒方議員が答えます」そう言って逃げてしまいました。 私はその団長にまるで保護者のような気持ちでしっかりエスコートしてあげました。 そうとう感謝したようですね。 僕に聞くんです。 「先生、ご趣味は」「ブタの人形のコレクション」(笑い)。 そう言うと驚いた。 「変わったご趣味ですね」そう言いながらホテルの売店にサーッと駆けていって、ブタの人形を買ってきました(笑い)。 自民党らしく金ピカのブタでした(笑い)。 もちろん金メッキですがね。 ま、そんなことがあって過ごして来たわけですけれども、東南アジアという国は共産党の活動を許していない国が多いんですね。 ですから私が「日本共産党です」と自己紹介すると驚く方がたいへん多い。 そういうときに、その自民党の団長、話にわって入って「日本の共産党はあなた方が知っているような暴力革命をする、そういう党じゃない。民主主義の共産党だ」そう言ってくれました。 そして「日本でいちばん政党らしい政党は日本共産党だ」このようにも述べてくれました。(拍手) 私は自民党の話でこれほど説得力がある話、聞いたことがありませんでした(笑い)。 何しろ僕が言うよりもみんなよく分かってくれるんですね。 そうした話に外国からも援軍が入りました。 マレーシアの国会議員。 この方は「前の年に日本共産党のミスター・フワが私たちの国を訪問して政府と話し合いをした。 そして、その結果分かったことだけれども、日本共産党はあの侵略戦争に断固として反対してたたかい、独立心が強く、核兵器をなくすために、平和のために頑張っている党だから我々の仲間だ」そう言ったんです。 「だから、セーフだ、安全だ」と。 私はこの話を聞きながら日本共産党のアジア外交がこうした形で広がりを見せている。とってもうれしく思った次第です。
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| ■憲法を活かす 「活憲」を |
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みなさん。 日本共産党が信頼されているのはそれだけじゃありません。 日本の憲法にたいする態度、憲法をそしてとりわけ憲法の平和条項をしっかり守る、そう言っていることにたいして日本共産党にたいする共感、これが広がっているんです。 だってみなさん,私つくづく思います。 日本の憲法は世界への平和のパスポートなんです。 そしてアジアの方々が日本によく言います。 「せめて日本でやってほしい国際貢献は憲法の平和条項をしっかり守ることだ」。 ですから私はその点で暮らしのすみずみに憲法を活用する。 憲法活用、これをひっくり返して活用憲法、さらに短くして「活憲」これを提唱しております。 「活憲」と言ってもみなさん、はじめて聞かれる方、多いと思います。 なにしろ私しか言っていないんですから(笑い)。 でも21世紀、「護憲」では弱い。 私は「活憲」、これを大きく広げていく、このことが私たちのこの日本で憲法をもとにして、憲法の民主・平和の条項の花開くそういう社会をつくっていくうえで肝心だと思います。 私はそのために都議会議員選挙・参議院議員選挙、全力でたたかいぬいて、必ず日本共産党躍進のために、そして私と新田さんがともに議会で働けるように全力で頑張ってまいりますので、どうかみなさま方の大きなご支援よろしくお願いいたします。(大きな拍手) ありがとうございました。(長く続く拍手) |