
略歴
元稲城市議会議員(1999年4月〜2003年4月)
党稲城市住宅・環境対策委員長
元党中央委員会勤務員
| No.24(2002年8月) | ●住民運動が墓地計画を断念させる |
| No.23(2002年8月) | ●市内循環バス本格運行にむけ手直し |
| No.22(2002年4月) | ●あくまでも開発優先の新年度予算 日本共産党は反対しました |
| No.21(2002年3月) | ●南山を考える |
| No.20(2002年3月) | ●口利きと官僚との癒着 「ムネオ問題」 ●多摩市でも収賄容疑で市長逮捕辞職 |
| No.19(2002年3月) | ●「30人学級の実現を」…市民団体が請願 ●介護保険利用料につづき保険料も軽減へ ●市の来年度一般会計当初予算案が示される |
| No.18(2002年3月) | ●来年度の一般会計当初予算案が示される |
| No.17(2002年2月) | ●健保本人3割へ大幅負担増 |
| No.16(2002年2月) | ●いまこそ,生活擁護の立場をしっかりと 問われる市政の役割 ●再雇用支援奨励金制度の創設を提案 |
| No.15(2002年1月) | ●市民の暮らし応援こそ最優先に ●市民生活応援の立場から2000年度決算に反対 |
| No.14(2002年1月) | ●介護利用料が減免へ ●ミニバス本格運行へ ●乳幼児医療助成拡大 |
| No. 13(2001年2月) | ●乳幼児医療費ゼロ歳児無料化 市は父母の願いに応えるべき |
| No. 12(2001年1月) | ●「住民が主人公」の市政をご一緒に |
| No.11(2000年4月) | ●くらしと雇用をまもり「国民が主人公」の政治を |
| No.10(2000年2月) | ●住民と心のかよう新しい政治をすすめます |
| No.9(1999年11月) | ●向陽台・長峰公団の高家賃引き下げ実現 |
| No.8(1999年7月) | ●開発優先をやめ、市民要求第一へ ●6月議会での一般質問で主張 |
| No.7(1999年5月) | ●日本共産党3名全員当選・臨時市議会で初質問 |
| No.5(1999年3月) | ●都知事選挙で都民の審判を下そう |
| No.4(1999年2月) | ●青島都知事不出馬表明 ●阪神・淡路大震災にひきつづき関心を |
| No.3(1999年1月) | ●議員定数削減問題 |
| No.2(1999年1月) | ●30人学級実現求める請願が趣旨採択 ●学童クラブが有料化 ●議員定数削減問題 |
| No.1(1998年12月) | ●ごあいさつ ●向陽台・ファインフォーラムの存続 ●稲城駅〜長峰間のバス路線を若葉台駅まで延長 |
| 出身地 | 大阪 |
| 血液型 | O型 |
| 家族 | 12年間連れそった妻が1人 |
| 趣味 | 旅行(ぶらり旅)・ドライブ・読書 |
| 好きな食べ物 | 妻の実家のおばあちゃんが作る「おやき」 |
| 長所・短所 | 長所も短所も(妻曰く)「ねばり強いこと」 |
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大人になったら なりたかった職業 |
特になかったが、早く大人になりたかった。 しいていえば教師・獣医 |
| 印象に残っている本 |
日本共産党の「綱領」(読んだときのショックは今も忘れません) バオ・ニン著「戦争の悲しみ」 堺屋太一著「豊臣秀長」 |
| 行ってみたいところ |
ひなびた温泉宿 夢ですが・・・ベトナム |
| 市政でやりたいこと |
住んでいてよかった、住み続けたいと言える街、稲城にするため、 市政を身近なものにしたい |